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早 川 浩 士
(有)ハヤカワプランニング 代表取締役
2007年11月号
転期に立つ経営者の資質の鍛え方 22
五倫五常 (ごりんごじょう)

一家仁一国興仁 一家譲一国興譲(いっかじんなれば いっこくじんにおこり いっかじょうなれば いっこくじょうおこる)
米沢藩の藩校「興譲館」は、9代目藩主上杉鷹山の師、細井平州が名付け親である。
 4代藩主綱憲(吉良上野介の子)が学問所として興したのだが、藩財政の逼迫から廃校同然となっていたところを鷹山の手によって復興した。元々初代景勝に仕えた名宰相直江兼続が設立した「禅林文庫」が始まりである。
 鷹山は、藩の窮状を立て直すための人材育成道場として学問所再興を平州に託し、25年余に渡って3度に及ぶ米沢招聘を行った。
 「興譲館」の由来は、平州が記した「建学大意」にある「興譲とは譲を興すと読ませる。譲を興すとは恭遜の道を繁昌さすること也」から命名された。
 噛み砕くと、上に立つ人(武士階級)は傲慢になりがちだが、仁義の道を守り、自らへりくだる心意を養い、古今の聖人が恭しく遜する(敬う)ような道を極める人材排出の学舎といったところか。
 興譲の出自は、『大学』の「一家仁一国興仁 一家譲一国興譲」にあり、君主の家に仁の心が行き渡れば、それに感化されて国中が仁の実現に奮い立ち、君主の家が譲であれば、それに感化されて国中に譲の気風が興ってくるというのが、その意である。
 知、仁、勇の三達徳の教えは、ここからも垣間見られる。(※1)
 この藩校は、現在の山形県立米沢興譲館高等学校として、その流れと名称が引き継がれている。
 なお、幕末には神奈川下荻野山中興譲館、 徳山興譲館、佐賀小城興譲館の藩校、甲斐・谷村興譲館、私学・岡山興譲館など各地に同名の学舎があったという。

修身斉家斉治国平天下(しゆうしん せいか ちこく へいてんか)
 「身修(みおさ)まって后(のち)に家斉(ととの)う。家斉いて后に国治まる。国治まって后に天下平らかなり」と読む「修身斉家斉治国平天下」は、『大学(経一章)』にある。
 「自らの徳性を高めると、身を修めることができる」に基づいた「修身」は、戦前の教育科目の一つである。また、「五倫の教え(父子の親、君臣の義、夫婦の別、長幼の序、朋友の信)」と、「五常の教え(仁・義・礼・智・信)」(※1)に伴った「五倫五常」といわれる倫理道徳の根幹があった。
 だが、戦後教育から「修身」の科目は消えた。
 昨今は、「五教科」偏重の学歴社会が定着し、偏差値に秀でた子供が学校で優秀な生徒として進学競争を極め、「修身在正其心者」(※2)が未発達なまま、社会人としてデビューする時代である。
 日毎繰り返される政治・経済・社会の不祥事事件、凶暴化する凶悪犯罪は、「修身」なき自己の権利主張を行う個人が、家族や地域の枠組みを超え、社会不安を増幅しているとの感が否めない。
 地域ケア整備構想を掲げる介護保険に置き換えれば、安心で安全な暮らしを支え合うためにも、わが身を善く(健やか)することが、わが家、わが地域を善く(健やか)するという視点が大事だ。
 たとえば、競争社会の弊害と嘆かず、競走、共走から、共創へと言葉を置き変えた豊かな発想で運営推進会議に臨み、高齢者(ご利用者)から「五倫五常」の英知を授かる興譲の学舎となり、地域再生を共創するというのはいかがか!

(注1) 本誌2007年10月号本欄参照
(注2) 本誌2007年8月号本欄参照
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