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早 川 浩 士
(有)ハヤカワプランニング 代表取締役
2007年10月号
転期に立つ経営者の資質の鍛え方 21
休戒威董 (きゅうかいいとう)

「五達道 三達徳」(ごたつどう さんたっとく)
徳川御三家筆頭尾張家の藩校・明倫堂初代督学(校長)となった儒学者細井平州(注1)は、
米沢藩主上杉鷹山公に対して「休もて戒め、威もて董(ただ)し、軽重利害より、凡そ民生を厚阜にする所以の者は、 仁知勇をもて至るなり(注2)」と、トップの姿勢を説く。
 「休もて戒め、威もて董す」とは、『書経』虞書「大禹謨(だいうぼ)」に記された「之を戒むるに休を用てし、之を董すに威を用てす」が出自。
 「(藩主は)臣下のものを誉めつつ戒め(=叱咤激励)、威を示しつつ(=法に則って)監督する。また、身分の軽いと重いと、更には役職の利害の調和からはじまって、領民の生計を高めて豊かにしてゆくには、仁知勇の三つの徳を履行するからこそ達成できるのだ」と進言に解説を加えながら質す。
 『中庸』には、君(上司)と臣(部下)、父(母)と子、夫と妻、兄(姉)と弟(妹)との間の道、そして友達同士の交際の道は、世の中のどこにでも通用する五道があることを記している。
 五道に達するためには、知仁勇の三つの徳(もちまえ)(身についた才能)が不可避な関係にあり、共に高めなければならないという意味の「五達道・三達徳」という言葉が用いられ、人徳のある人間教育の基本として、古来から学び育まれてきた歴史をわが国は有している。
 知仁勇とは、『中庸』の「学を好むは知に近し。力(つと)めて行うは仁に近し。恥を知るには勇に近し」から一文字ずつを取り出したもの。
 「学びが好きなら知の徳を、学んだことを実践に努めるなら仁の徳を、その上で、わが身の恥を知るなら勇の徳を育てなさい」というのが、その意。

「知者不惑 仁者不憂 勇者不懼」(ちしゃはまどわず、じんしゃはうれえず、ゆうしゃはおそれず)
 平州が『中庸』から引用した仁知勇だが、『論語』にも「知者は惑わず、仁者は憂えず、勇者は懼(おそ)れず(子罕9)」と似たような言葉がある。
 知者は、道理を熟知しているから(その是非、正邪を判断することができるので、事に臨んで)惑わない。
 仁者は、道理に則っているから(一点の私心もなく、己の分を尽くし、人としての道を行うので煩悶もなく、すべての物事に対して)憂えない。
 勇者は、道理を弁えているから(心が大きく強く、道義にかない虚心坦懐であるから、何事にも遭遇しても)尻込みなどしない。
 『中庸』の後段は、「知仁勇の三つを弁(わきま)えたなら、わが身の修め方がわかる。わが身の修め方がわかれば、人を治めるその治め方もわかる。人の治め方がわかれば、天下や国や家の治め方もわかる」と続く。
 これを捉えて「知者は仁徳に薄く、あるいは仁者は勇気に乏しく、勇者は知恵が足らないため、歴史上の英雄、偉人、哲人でさえ、三徳兼備に達した人など滅多矢鱈にいるものではない」と、明治維新後のわが国経済界に大きな功績を残した渋沢栄一は、自身の『論語講義』の中で喝破している。
 トップ自ら、己の身の修め方について刻苦精励を怠っていたとしたなら、その法人の存立は危ういということを知るべきである。

(注1) 本誌2005年9月号本欄参照
(注2) 上杉鷹山の師、細井平州が米沢藩の藩校・興譲館で困窮した藩の財政再建のため次代を担う藩士らに行った講義を記した『嚶鳴館遣草(おうめいかんいそう)』の一文から。
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