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早 川 浩 士
(有)ハヤカワプランニング 代表取締役
2007年7月号
転期に立つ経営者の資質の鍛え方 Q
教学相長(きょうがくあいちょうず)

「学而不厭、誨人不倦 (まなびていとわず、ひとをおしえてうまず)」
「負けるな。うそを言うな。弱いものをいじめるな」
 鹿児島に伝わる薩摩三訓である。
 「人をもって城となす」という薩摩藩の伝統的な「郷中教育」によって根気強く教えられて育まれたとされる薩摩人気質の原点は、豊臣秀吉の九州征伐に危機感を感じた藩主島津義久・義弘公兄弟らによって起こしたものに端を発し、江戸時代二百五十年の間に体系を整えるという長い歴史の中から生まれてきたもの。
 基本的な特徴は、「師弟同行」といわれる異年齢集団の中で、青少年の自治的な相互教育にある。
 4〜5町四方を単位とする「方限(ほうぎり)」を基盤として、そこに含まれる区画や集落に居住する青少年を小稚児組(こちご)(6−10歳)、長稚児組(おせちご)(11−15歳)、二才組(にせ)(15−25歳)、長老(おせんし)(妻帯した先輩)の4つのグループに編成した。
 教育方法は、小稚子組を長稚子組が教え、長稚子組は二才組が教え、二才頭が郷全体の指導の責任者となって教えるというもの。
 西郷隆盛もその中の一人。
 長州生まれの明治の元勲、乃木希典の日記には、「薩摩の郷中教育が英国発祥のボーイスカウトのモデルであった」ことが記されてある。(注1)
 学ぶことを嫌いにならないようになるには、学んだことを教えることであり、しかも飽きずに教えられることであるという意味の「学びて厭わず、人を誨えて倦まず」という言葉が『論語(述而7)』にある。
 また『書経』には、人に教えるというのは、少なくとも半分くらいは自分が学ぶものであると傅説(ふえつ)が高宗に語った「教うるは学ぶの半ばなり」の言葉もある。(注2)
 スタッフ教育、育成のヒントに資することができるとしたら嬉しい。

「学然後知不足(まなびてしかるのちにたらざるをしり)、教然後知困(おしえてしかるのちにくるしむをしる)」
 人を教えるときには、学んだことを調べ直したり知識を整理し直したりすることができる。
 教える側の自分自身にとっても学んだことを再確認できる機会を得たとこになる。
 教えるとは、自分の知識の曖昧さや未熟さを悟ることでもある。
 『礼記』の一節に「学びて然る後に足らざるを知り、教えて然る後に困しむを知る」とある。
 学ぶことではじめて、自分の知識が不足していることがよくわかり、人に教えてみてはじめて、学ぶことの難しさがよくわかるということを指している。
 人材の教育、育成は、互いに教え学びあい、共に協調して成長していくのが理想である。
 余談だが、教育という言葉は、Educationの訳語として作られた造語であり、本来の意味を丁寧に訳すならば「知恵を拓く」が適当で、『知拓』という言葉も考案されたようだが、採用には至らなかったのだという。
 皮相浅薄の人は、教える側と教わる側に分けて教育を考えがち。
 『礼記』には、教えることと学ぶことが上手く噛み合ってこそ、知徳は助長発展するものである。人を教えることは自分の修行にもなるという意味の「教学相長」がある。
 人に教えることで、自分の未熟さや至らなさに気づかされることのできる人がいる。これを自覚し、バネにして、一層のチャレンジする意欲を燃やすことを楽しめるか、否か。
 教育を共育、共有、共鳴、共感へと紡ぐ仕組みの構築が鍵を握る。

(注1) 『西郷南州顕彰館』の資料から引用
(注2) 本誌2005年7月号本欄参照
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