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早 川 浩 士
(有)ハヤカワプランニング 代表取締役
2003年10月号
「“継続して・栄える”」仕組みを描くには

創製400年の薬草酒

 2003(平成15)年は、江戸に幕府が開かれた1603(慶長8)年から数えて400年目に当たる。  東京では、「江戸開府400年」の佳節を祝して様々なイベント行事が繰り広げられている。  開府の年、信州伊那の谷・大草(現長野県上伊那郡中川村大草)の塩沢家当主塩沢宗閑翁は、将軍徳川家康を訪ねて江戸まで薬草酒を献上したという。
 後に幕府から製造免許を得た薬草酒は、「天下御免万病養命酒」として知られるようになり、現在の「養命酒製造株式会社」へと受け継がれている。
 実に、創製から400年。1923(大正12)年の会社設立から80年を迎え、5世紀に渡って変わり行く時代の流れとともに生き続けてきた。
 これだけ業歴が長いと、歴史に残る逸話も少なくない。
 創製から約100年後。忠臣蔵で名高い赤穂四十七士の一人、矢田五郎右衛門の祖母が信州伊那の生まれであるところから浪士が江戸に潜伏中、  この薬草酒を取りよせ、一同が飲んで鋭気を養ったという。当時から、滋養強壮剤として重用されていた一端を垣間見ることができる。
 創製から約180年後。安永3年に刊行された小説「異国奇談和荘兵衛」の中には、小説の主人公が難破して漂流し異国巡りをしたとき、  異国の大王がこの薬草酒を飲んで“ご悦喜浅からず候・・・”との記述があり、海外にも出回っていた様子が記されている。
 1814(文化10)年、当時の尾張藩主が製法や内容についてたずね、完成するまでに2300日を要すること、  その製法は一子相伝の秘法であることなどを記した古文書が塩沢家には残されているという。  一説によれば、藩政改革の一つとして、この薬草酒の製造に着目したようだ。
 創製400年は、会社にとっても一つの通過点に過ぎないこと。伝統をしっかり守るとともに時代のニーズに対応する新しい価値と魅力を創造しながら、  歴史をさらに築いていくことなどが、同社のホームページ(http://www.yomeishu.co.jp)に記されている。

商品は手塩にかけて育てたい

  さて、介護事業者は、「“継続して・栄える”」ための経営の仕組みを描くにためにも、ここに記した長寿商品=   薬草酒を通して学ぶべきことを二つ提起したい。
 一つ目。商品(サービス)が、手塩にかけて世に送りだされているということ。  薬草酒が完成するまでに費やす2300日は、年月に直せば約6年4ヶ月に及ぶ。  完成に要する一日一日は、薬草酒づくりに携わる「ヒト」の「飽きずにやり続ける」態度が試される日々といってよい。  薬草が、醸成されて薬草酒になる過程。これに携わる「ヒト」の創意・工夫、経験の体系化など、進化のプロセスなくしては難しい。  適当な材料を集めて勝手に作ったのでは、とても商品とはなりえない。
 薬草酒となるために要する日数は、これにかかわる「ヒト」の育みが、商品(サービス)の慈しみを芽生えさせるためには欠かせない歳月である。
 介護事業に照らしてみれば、「介護に携わる人財」は、最大の経営資源であることはいうまでもない。  その「ヒト」や商品(サービス)が、「介護の質の向上」の美名に浮き足立っている感がしてならない。
 二つ目は、後継者が念頭に置かれていることである。伝統的といわれる職業の世界では、  「一子相伝の秘法」の言葉をよく耳にする。「ヒト」の命は儚いものの、「ヒト」から「ヒト」によって事業が継承される仕組みは、  商家が育んできた「のれん商い」の例を紐解くまでもない。
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