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早 川 浩 士
(有)ハヤカワプランニング 代表取締役
2005年9月号
「成らぬは人の なさぬなりけり」
熟慮したら断行せよ

「学・思・行 相須(あいま)ツ」
21世紀初の国際博覧会、愛知万博(愛・地球博)は、大阪万博から35年を経て「自然の叡智(えいち)」をテーマに3月25日に開幕。  これに先駆け、中部国際空港(セントレア空港)の開港や東部丘陵線(リニアモーターカー)が開通。9月25日までの185日間に及ぶ会期も、残すところあと1ヶ月。  愛知は、中世の日本史にその名を残した織田信長、豊臣秀吉、徳川家康など、人材が相次いで登場した土地柄でもある。  だが、江戸中期、多くの大名諸侯から慕われた細井平洲(へいしゅう)(1728−1801年)という人物を知る者は少ない。  尾張国知多郡平島村(現在の愛知県東海市)に豪農の次男として生まれた平洲は、義観(ぎかん)和尚の勧めで京都に『儒学』を学び、中西淡淵(たんえん)の勧めで長崎に孔子が編纂した中国最古の詩集『詩経』と中国語の研鑽を経て、24歳で上京。私塾の嚶嗚館(おうめいかん)を開く傍ら、『詩経古伝』『嚶嗚館詩集』『群書治要』などを出版して儒学者として全国にその名を馳せ、吉田松陰や西郷隆盛など幕末の志士にまで影響を与えた人物であることが『東海市民の誇り 細井平洲(東海市教育委員会)』に記されている。  「学問と今日とは二途にならざるように」「学・思・行相須ツ」に代表される彼の教えは、『学ぶということは、知識を得るためだけのものではなく、学んだことが生活の中に生(活)かされるようでなくてはならない』という考え方に基づく。

「慮(おもんぱか)らずんば胡(なん)ぞ獲ん、為さずんば胡ぞならん」
アメリカの第35代大統領、ケネディが『最も尊敬する日本人』と挙げた上杉鷹山(ようざん)は、平洲37歳とき14歳で師事。日向国高鍋藩主の次男から上杉家の養子に入って家督を継いだ鷹山は、10代目米沢藩主として藩政改革に功績を残した。  上杉家は戦国の武将上杉謙信を藩祖とする家柄だが、関が原の戦い以降、会津、米沢と2回に渡る移封と減封により石高を八分の一まで減らされ、鷹山が当主となった頃は、お家存亡の危機に直面していた。  『なせば成る なさねば成らぬ 何事も 成らぬは人の なさぬなりけり』は、平洲が鷹山に贈った言葉として今に語り継がれる。  この出自は、『書経』の「慮らずんば胡ぞ獲ん、為さずんば胡ぞならん」にみることができる。  「思慮深くなければ成果を挙げることなどできないし、断固実行しなければ物事などやり遂げることなどできない」が、その意。  「熟慮した後は、断行するのみ」と、リーダーの心構えを説く平洲。  彼の思考回路は、『大学』『論語』などの「四書」や『書経』『詩経』などの「五経」に基づいた中国の先人の実践的な知恵が幾重にも刻まれた箴言が頭の中を網の目状に張り巡っていたといってよい。  身分制度が厳しかった江戸中期。農民の出にありながら、九代目尾張藩主徳川宗睦(むねちか)の待読(先生)を経て、尾張藩校明倫堂督学(校長)へと登用される。  介護度業も同様。学びのためにのみ学ぶのではない。学んだことが、どのように暮らしの中に生(活)かせるかを「熟慮断行」のできる人材を育成することが必要である。  愛知万博(愛・地球博)はこれからというリーダーがいたら、平洲の遺徳の顕彰が祭られた東海市立平洲記念館(名鉄聚楽園駅下車、循環バスにて)に足を運んでみるのもよい。

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