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早 川 浩 士
(有)ハヤカワプランニング 代表取締役
2005年8月号
古に学ぶ経営者の資質の磨き方 J
何事も、凡事徹底から

「玩人喪徳(がんじんそうとく)、玩物喪志(がんぶつそうし)」
「徳を積み、徳が充実すればするほど、人を侮ることなどなくなるもの。例えば、身分の高い者を侮れば、決して心服などしません。逆に、身分の低い者を侮るならば、骨身を削って働くことなどありえません。人を玩(もてあそ)ぶようなことをしていては、徳が逃げてしまいます。また、物を玩ぶようであれば志を失います。志とは、目指すべき道があるからこそ開かれ、志に込められた言葉は道に則っているからこそ多くの人に共感を与えることが出来るのです」と召公は、武王に諫言する。  『書経』の後半には、中国古代の五帝の最後、周王朝を興した武王(紀元前1100年頃)と重臣の召公の問答を踏まえ、人や物への接し方を通した帝王学の心構えが記されてある。  今日でも使われる「玩人喪徳、玩物喪志」の出自は、ここにある。  「玩人喪徳」とは、帝とはいえ、人を人として処遇しないようでは徳を失ってしまうこと。つまり、誰構わず、相手に対して高圧的に見下したり、踏み潰すような態度をとっていると、まわりの者から信頼を獲得することなどとても難しい。  介護事業の場合、上長と部下、スタッフと利用者の関係に置き換えてみるとよい。  「玩物喪志」とは、無用・無益なものに執着してばかりいると、肝心な志を失ってしまうこと。つまり、物質的な豊かさに欲望が駆り立てられてしまうと、大切な心を見失った考え方に陥ってしまうことを説いている。  介護施設には、豪華絢爛な建物や設えが散見され、何が有用で、何か有益なのかという思慮や工夫を欠くものも少なくない。

細行を矜(つつし)まずんば、終に大徳を累(わずら)わす
「細行を矜まずんば、終に大徳を累わす。山を為(つく)ること九仞(きゆうじん)、功を一簣(いっき)に虧(か)く」と続く。  「細行を矜む」とは、日常のありふれた当たり前の些細なことをいう。  “手洗い・うがい”の励行は、親から躾けられたイロハのイ。  ところが、介護の現場でこの習慣を実践する経営者や経営幹部はどれくらいいるだろうか。家庭的な雰囲気を標榜する所でさえ、玄関近くに手水口(ちょうずぐち)がない。  「細行」の積み重ねに慎重さが抜け落ちたなら、自ら築いてきた徳、すなわち信頼や信用を失って「大徳を累わす」ことになる。  例えば、土を積み上げて20メートル(九仭)の山をつくるとき、最後の一簣(=モッコ一杯分の土)を積み上げるというツメを怠ったばっかりに、山を完成させることができず、折角の功績が台無しになってしまうことがある。チョッとした油断のために失敗するという「九仭の功を一簣に虧く」の故事である。  中国の古典『韓非子(かんぴし)』には、「千丈の堤も蝋儀(ろうぎ)の穴をもって潰(つい)ゆ」という言葉もある。千丈の大きく長い堤防も、蝋儀の穴、オケラとアリの穴、つまり、小さな虫の穴によってくずれてしまうという意味である。ノロウイルス事件を紐解くまでもなく、その原因を探してゆくと、些細なことから始まる場合が少なくない。不断の努力の大切さを説いた言葉として肝に銘じたい。  介護事業は、利用者またはその家族であれ、スタッフであれ、人に向き合う姿勢に差異はない。  上に立つ者は、「玩人喪徳・玩物喪志」という言葉を胸に刻みつつ、「当たり前のことが、当たり前にできる(注)」という心がけを怠らないことが、資質向上の第一歩につながる。  何事も「凡事徹底」。先ずは、自らの何気ない日常の所作を姿見に映し出し、点検・確認を日々心がけたい。

 (注)本誌2004年2月号本欄
 


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