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早 川 浩 士
(有)ハヤカワプランニング 代表取締役
2005年5月号
古に学ぶ経営者の資質の磨き方 G
徳は本(もと)なり 先ず徳を積むことに努める

「全ては、私の不徳の致すところ」
グループホームの職員が入所者を殺害するという、前代未聞の痛ましい事件が起きた。  入所者(被害者)に「腹が立った」ので殺害したとする職員(容疑者)の動機は、認知(痴呆)症に対するケアの難しさが生半可なものではないことを改めて痛感した事業者も少なくない。だが、事の真相はどうあれ、職員(容疑者)には、入所者(被害者)の尊い命を絶つ権利などない。  「職員の不始末は、何はさておき、トップである私の責任である」と陳謝することなく、「まじめで、入所者の評判も良かった」と職員(容疑者)の人物像を淡々とマスコミに語った理事長に経営者としての資質が問われて然るべきである。経営の責任を預かる者にとって大事な仕事の一つが、職員の獲得、育成、配置、評価、処遇であると心得るべきだ。  昨今、「全ては、私の不徳の致すところ(注1)」と、何事も自らの過ちと受け止め詫びることのできない不心得な経営者が少なくない。  土壇場に立たされた時、自戒の念を抱いてこの一言を吐けるか否か。  経営者の資質が最も試されるのは、このような時なのだと胸に強く刻むことである。  この事件を「他山の石」の教訓として、今一度、「啓発」と「切磋琢磨」の言葉を噛みしめたい。

「直(なお)き心」が徳を積む
「徳」という字は、どのようにして作られたのかを紐解く。  「徳」の旧字である「コ」という字は、その前身が「彳」と「悳」によって形成された「憄」という字に遡る。「直」と「心」をタテに重ねた「直き心」の「悳」の字を「とく」と読む。「悳」に行なうの意を持つ「彳」が加わって「徳」という字が生まれた。  「直き心」とは、『論語』の「意なく、必なく、固なく、我なし(子罕9)」を踏まえた誠実で素直な心のことを指す。  「意」は、思い込み。「必」は、無理押し。「固」は、固執。「我」は、わがまま。  「勝手な心を持たず、無理押しをせず、執着をせず、我を張らない」という柔軟な思考と客観性を保ちつつ「直き心」を行い続けて「徳」を積んだ人のことを人徳者、あるいは有徳者という。  『大学』の伝十章には、「君子は先ず徳を慎(つつし)む。徳あればここに人あり。人あればここに土(ど)あり。土あればここに財あり。財あればここに用あり。徳は本なり、財は末(すえ)なり。本を外にして末を内にすれば、民を争わしめ奪うを施す」とある。  介護の業界に置き換えて、この意を訳すと「リーダーは、何はさておき「徳」を積むことである。「徳」を積めば、スタッフは集い慕ってくる。集い慕うスタッフと共に働き暮らし続ける地域。その地域が豊かになると、経営も潤う。経営が潤えば、地域で働き暮らし続けるスタッフにも地域を担い続ける自負が漲(みなぎ)り、後を慕う者が続く。「徳」とは、上に立つ者の基本であり、集い慕うスタッフの働きと暮らしが潤うようでなければ経営の意味がない。経営の都合が最優先される前に、従事するスタッフが働き暮らし続ける地域に心を配るべきである。リーダーに「徳」を積む心がけがなければ、スタッフはお互いの給与の多寡のみを論じ、処遇改善が先であるとして経営が行き詰まる」となる。  介護事業の経営者は、学歴でや資格取得の有無に先んじて「直き心」を持ち続けることを求めたい。  『十八史略』(注2)には、「徳」について次のような下りがある。  「徳に順(したがう)うものは昌(さか)え、徳に逆らうものは亡ぶ」と。

 (※1)事がそのように運ぶことなく失敗や不都合が生じた時などに、
       その全ては自らが至らなかったせいだとして、遺憾や反省を表明するときの
       冒頭に発する慣用句。「不徳」とは、「徳」の積み重ねが足りないこと。

 (※2)中国の古代三皇五帝から南宋までの十八史をまとめた歴史書
 


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