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経営のつぼ19 介護マネジメント塾 ..................... 経営のツボ19

早 川 浩 士
(有)ハヤカワプランニング 代表取締役
2005年1月号
古に学ぶ経営者の資質の磨き方 C
相惜顔面は面従背信に通じる

時代を先取(酉)りするには
「凡鳥(ぼんちょう)」も、戦略一つ(合体すれば)で「鳳(おおとり)」に。  酉(とり)は、「取る」に通じる。酉年の今年は、「介護保険制度の改正」に向かって先見の明を研ぎ澄ます介護事業者が、予知的な思考と行動力で時代を先取りすることになる。  「小規模多機能」と対軸になる「大規模多機能」を謳う事業者は、要介護者となる前の早めの住み替えのみならず、老若男女の誰もが暮らせる「多世代同居」を掲げる。  施行から6年目を迎える介護事業は、バブルの崩壊と共に長期低迷から脱却できずにいる多くの産業界を尻目にして、スタッフの増員、新規事業所の開設ラッシュが毎年のように続き、事業規模の拡大に沸くところも少なくない。  介護サービスの事業展開を在宅、施設と多岐に渡って進めてきた事業者の中には、急速な事業拡大から、顔と名前が一致しないスタッフが溢れ出す。本社と事業所のスタッフ同士にホウ・レン・ソウ(報告・連絡・相談)を含むコミュニケーションの齟齬が目立ち、組織や部門の間にわだかまりが見られるところもある。  酉の市の熊手は、財福を取り込む縁起物として象徴化されたもの。  熊手の柄と先がバラバラとなってかみ合わなければ、財福(収入・収益)を取りこぼしかねない。高い業績が仇となり、慌てて組織や部門体制のテコ入れに躍起なってはみたものの、中々、上手くは行かない。

和して同ぜず
「忠言を聞く」(注1)とは、誰しもわかっている。いざ、実践するとなると決して容易なことではない。孔子が没した紀元前479年。隋から唐に治世が移ったのは、それから約一千年余を経た時代のことである。  「貞観元年、上、黄門侍郎王珪(おうけい)に謂ひて曰く、・・・」から始まる『貞観政要(じょうがんせいよう)(政体第二・第二章)』には、組織や部門間に及ぶ人同士が災いの火種となることを恐れて「相惜顔面(あいせきがんめん)」することが「面従背信(めんじゅうはいげん)」を生み、その結果「上下雷同」して滅亡した隋の末路を紐解いた下りが記されている。  当時の中国には、政治を司る「中書」(注2)と「門下」(注3)という二つの部署が配置されていた。「中書」の出す詔勅が甚だしく意見が同じでないものがある。あるものは錯誤・失策であるのに自らこれを是とし、間違った考えを基にお互いに修正しあっている。「中書」「門下」を配置したのは、過誤を防ぐのが目的のはず。人の意見は、一致しないのがふつうである。その是非を論ずることは、本来の公事、職務そのものである。ところが、ある者は自分の足らないところを隠し、その誤りを聞くのを嫌い、自分の意見に対してその是非を論ずる者があれば私恨があると勘ぐる。これに対して、ある者は恨まれて私的な不和を生ずることを避け、「相惜顔面」すなわち互いに双方の面子を潰してしまっては申し訳ないとして、明らかに非であると知ってもそれを正さず、そのまま実行に移すことになる。一介の役人の小さな感情を害することを嫌がっていては、たちまち万民の弊害を招くことになる。これこそが、亡国の政治である。表面的に「はい、はい」と従いつつ、陰で悪口を言い合って「面従背信」の態度をとった隋の役人は、何につけても「上下雷同」した挙句の果てに国を滅ぼす加担者となる。  『論語』には、「君子は和して同ぜず。小人は同じて和せずと」いう一節がある。  事業者は、同じて(=「面従背信」)、和せず(=「相惜顔面」)という小人(=スタッフ)を人材として獲得、育成、配置、評価、処遇していたとしたら危うい。

 (注1)「経営(継栄)のツボ」12月号参照
 (注2)「中書」は、宰相の執務、詔勅の起草などの職務を行うところ。
 (注2)「門下」は、「中書」で起草した詔勅の審議と発布、臣下の上書などを司り、
  皇帝に諫言するという諌議大夫(かんぎだいふ)の職務も担っていた。

 


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